野依良治先生のノーベル賞受賞を祝して

「野依良治氏にノーベル賞 日本からの受賞は10人目」 (共同通信)
野依氏にノーベル化学賞・名大教授、日本人2年連続」 (日本経済新聞)

石神@STIIです。

あまりの嬉しさに、昨夜は殆ど眠っておりません \(^_^)/
MLの趣旨とははずれる極めて私的な内容ですが、どうぞお許し下さい。また、マルチポストをお許し下さい。

私の恩師、名古屋大学理学研究科の野依良治教授が、ついにノーベル化学賞を受賞されました。

私が野依先生(理学部の習慣では自分のボスでも「先生」ということはあまり無く、普段は「野依さん」と呼ばせて頂いておりました)に師事したのは、ちょうど30年前、先生がまだ33歳の若手新進気鋭の教授として就任された直後でした。

新聞報道では、28歳の時に行った不斉合成(光学異性体の選択的合成)に対しての授与とのことでした。若い頃の野依先生の座右の銘は、アインシュタインの「全てはもっともシンプル(The Simplest)でなければならない、よりシンプル(Simpler)ではいけない」というものでした。この理念にその後、「科学はアート」が加わったと思います。この理念に基づき、従来の常識である熱エネルギーの法則に真っ向からチャレンジして、多くの成果を挙げてこられました。医学領域とも密接な関係を持つ多くの化合物の「シンプルな合成法」開発を推進されました。例えば、プロスタグランジンという生理活性物質は20年前には100段階以上の合成過程を経て合成されていましたが、現在は2段階まで縮まっていると伺います。勿論、先生の目標は「1ステップ合成」であることと思います。このような「チャレンジング」な姿勢は、先生が留学されたハーバード大学のウッドワード教授(ビタミンB12の全合成でノーベル賞受賞)の影響が大きいものと思っております。

私が研究室に在籍する当時から、度々雑誌などで、「ノーベル賞に一番近い日本の科学者」と取り上げられながら、30年が経過しました。

昨年は文化勲章を受章され、弟子たちは、祝賀会をどうするかで頭を悩ませました。なぜなら、日本には、「文化勲章を受章した科学者はそれが終点、ノーベル賞を受賞することはもうあり得ない」というジンクスがあったからです。大学に残って学究の道を貫いた「優れた弟子たち」は、この為に祝賀会を言い出せず、結局、私たち「不肖の弟子」の提案で、「記念勉強会」を本年初頭に行いました。

私自身は、野依先生から「手がけた弟子の中で、もっとも出来の悪い弟子(不肖の弟子No.1)」とのご評価を戴いており、その栄(?)を担って、記念勉強会の後の懇親会で乾杯の音頭を取らせて頂きました。今でも思い出しますが、私の言った「先生は、更なる目標に向かって今日から新たな旅に出られる」との言葉には、会場が、「オイオイ、そんな露骨なことを言って大丈夫か???」との反応で、一瞬、静まりかえったものでした。それから1年もたたず・・・・・・ \(^_^)/

私は、2年間、野依先生の薫陶を受けました。日本の化学の歴史の中でも、もっとも厳しく、怖い先生の3本の指に入る方で、毎日毎日叱られどうし、他の大学に移った後も、私が化学者としての道を歩んでいた30歳までは、ついに一度も褒められた事はありませんでした。

しかしながら、この間に鍛え上げられた私たちは、いずれもそれを糧として夫々の人生を歩みました。最大の成果は、「地獄のような研究室」で育てられた人間にとって、その後の道は、いずれも「あの頃に比べたら何と楽なんだろう」というものでした。また、先生の笑顔は「鬼の野依」とは思えない暖かみのあるもので、この笑顔に出会うと、それまでの「こんちくしょう」という思いが全て吹き飛んでしまうものでした。

私の結婚式に来て下さった先生のスピーチ、いまだに親戚筋では、語り草になっております。終始一貫して「私は科学者である、従って真実を伝えるのがミッション、石神君が如何に不肖の弟子であったかを伝える」というもので、親戚の中には、「こんなに教授に低い評価をされていては、あいつの将来は無いな」と信じた人たちもおりました。もちろん、これが弟子に対する愛情表現であることを見抜いた人たちが多かったのは言うまでもありませんが・・・・・

私が30歳になり、大学での生活から企業人としての道に転身を決めたとき、その報告に名古屋に伺いました。そのとき、先生はにっこり笑って、「そうか、それで良いのだ、僕の言った事を覚えて居たんだな」と、それだけの言葉を下さいました。そして、夜の町の酒場にお連れ下さり、その後ご自宅にまで連れて行って下さいました。

長くなりました。すみません。まだ、興奮から醒めておりません。

私の生き様に大きな大きな影響を与え、私がそのスタイルを無意識のうちに模倣してしまっている(もちろん、10分の1も実現できてはいませんが・・・)、敬愛して止まない、野依先生の大きな大きなマイルストーンに喜びがとめどもなく湧いて来ます。

10月10日は、私にとって、「人生最良の日」と断言できます。

本当におめでとうございました。 (01/10/11記)
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